処女作となる『わたしとあなたの物語』は、さまざまなテーマが複雑に絡み合っている小説ですが、重要なテーマのひとつとして、「わたしとは一体何者であるのか」という問いかけがあります。 この自我同一性をめぐる問題は、それこそ多くの人が思春期に体験する通過儀礼であり、また、年齢を重ねても、ある一定の周期を経て、何度でも私たちに舞い戻ってくるものです。
 
私もまた、人生で何度も「これこそが本当のわたしである」という確信を揺るがされてきました。もちろん、名前や国籍や職業というラベルで自らを語ることはできるかもしれません。 しかし、本質的な「わたし」という意味では、それらの肩書きは、どれもフラジャイルであり、透明な存在です。
 
 
現在の「わたし」の自己のブレのようなものは、周囲から求められることと、自分が本心から成し遂げたいことに乖離が生まれて(パブリックイメージとセルフイメージの乖離と換言してもよいかもしれません)、 人生を自らの手で確かに掴んでいるという感覚を喪失しかけていたことから始まりました。この揺さぶりは、青春期のものとは、また違ったかたちで私を大いに苦しめました。良識がある大人であれば、ある一定の評価を得ている職があり、家族や恋人や友人に囲まれて、それを守る為、あるいは、維持する為に自分の内奥の欲求を誤魔化したり、抑圧することもできるでしょう。しかし、私にはどうしても自らの内なる欲求を抑えつけることができませんでした。気がつくと、周辺を構成する全てが受動的な生活の営みとして私には映り、能動的に何かを得るという意思が失われているように感じられたのです。しかし、当時の私には、この状況をどのように打破すべきか、検討もつきませんでした。
 

photo by Kenta Hasegawa

数年間、私は夢遊病者のように無意識的に何かを変容させようと、手当たり次第にあたらしいことに挑戦しました。しかし、どれも長続きはしませんでした。何をしても途中で急に熱が冷めてしまい、しだいにインスピレーションを受けることができなくなっていったのです。おそらく私は自らを曝け出すことができず、絶えず世界とある一定の距離を置こうとする態度を取り続けて、素直にありのままの姿を受け入れることができなかったのでしょう。
 
そのような日々を送っていたある日、近所の大きな公園で、私は眩い陽光の中にうっすらと佇む幽霊のような月を発見しました。誰も気にも留めないような儚くて、いまにも消え入りそうな月です。その時、私は時を逆行し、自我同一性に悩んだ青春期に、同じような月を見たことを思い出しました。そして、同時に、その存在がやがて輝きを放つ雄大な月として光を放つだろう、という願望を抱いたことも脳裏に蘇ったのです。その夜、私はあたりが闇に包まれるのを待ち、家を出て、暗闇の空に巨大な満月がぽっかり浮かんでいるのを発見しました。そのおろしたての月は一片の偏りもない、いかなる装いとも無縁の美しい顔をしているように映りました。私はそこに巨大な暗喩を見てとり、時を遡って、自分の原点でもある青春期の「わたしの物語」というものを紡ぐことで何か発見があるかもしれないと思ったのです。
 
幼少の頃、毎夜のように多くの絵本を読みきかせてもらった私は、「物語」というものには不思議な力が宿っている、と信じてきました。日常空間から、非日常空間へと思考をジャンプさせ、そこで疑似体験ができれば、私たちは、旅から戻ってきた時のような学びやインスピレーションを手にすることができます。また、「物語」は古くから共感装置として、私たちのやり場のない感情を昇華させる役割を担ってきました。それは昔話であったり、神話であったり、あるいは宗教の聖典でした。そこには、個が集合体の中に溶け込める物語があり、残酷な現実をメタファとして捉えることで、癒す、という共感装置が備わっていました。しかし、ある時を境に、私たちはその巨大な物語を喪失してしまいました。帰属する集団は脆いものとなり、誰もが個を確立させなければいけなくなったことで、孤独を一身に背負うようになったのです。私たちは孤独や悲哀を癒す、それぞれの物語を自分で拾い集めて、作りあげていかなければならなくなりました。
 
 
私が「わたしの物語」を書くことによってできることは、私と同じような自己の揺らぎを経験している人に、私の経験した出来事を物語という、抽象的であり、誰もが潜り抜けることができるかたちにすることで、あらたな疑似体験として提供することだと考えています。そのようなわけで、『わたしとあなたの物語』では、いくつかのテーマを据えて物語を描いています。ひとつは、自己を曝け出し、弱さを認めて、克服するということ。ふたつめは、私自身、この行為を ”recollection” と呼んでいるのですが、自己を曝け出すことによって起こる乱反射をさまざまな人にあてながら、鏡のように返ってくる光をもう一度集め直すこと。本質的な「わたし」という自己は、他者である「あなた」の存在無くして成立しません。

今回の個展では、これらのテーマを通じて、「わたし」と「あなた」が持つ共通性を炙り出し、「わたし」とは一体何者であり、「あなた」は一体何者であるのか、それらの関係性や相互作用も含めて読み解いていこう、と考えています。この試みは東京を皮切りに、巡回展として京都でも行われましたが、私の故郷でもある盛岡は、青年期の自我を獲得するまでの物語がいくつも潜んでいる場所です。この地で体験し、吸収したものが多分に作品には含まれていると思います。私はこれらを曝け出し、みなさんとお話しすることで、「わたし」だけではなく、「あなた」が本来持つべき物語にも一緒に光を当てたいと思っています。
 
 
以上、アーティストステートメント
 
 
 
Arata Sasaki 佐々木新 / 小説家、アーティスト
岩手県盛岡市生まれ。デザインスタジオ「HITSFAMILY」にてクリエイティブディレクションを手がける傍ら、2013年から散文を書き始める。
また、2015年から大学院にて心理学を学び、心を問題とした視覚表現と言語表現の間で、新たな表現を研究し始める。
処女作である「月」と「湖」を収めた「わたしとあなたの物語」で小説家デビュー。
http://aratasasaki.com
 

photo by Kenta Hasegawa

佐々木新 小説個展『わたしとあなたの物語』
ARATA SASAKI NOVEL EXHIBITION “ME AND YOUR STORY"
日時 | 2017年4月22日(土) - 2017年5月7日(日)12:00 - 19:00(最終日は17時まで)
会場 | Choice is yours (水曜定休日)
 
5月1日(月)19:00〜 CIY ROOM 1にて朗読会、そして座談会(別会場)を開催いたします。
朗読会の終了予定時間は20:00、その後会場を移動し食事をしながらの座談会を開催いたします。
定員15名で参加は無料(座談会は自由参加・費用は参加者負担)です。
参加ご希望の方は下記メールアドレス、または電話番号までご連絡ください。
定員に達し次第応募を締め切りいたします。
 
contact@choiceisyours.net
019-681-3899
 
 
展示内容 :

・書籍
・書籍より抜粋した24のテキストを12の活字メディアに起こした作品
・7名のアーティストの大切なモノを撮影した写真
 
参加アーティスト:

Daisy Balloon (http://www.daisyballoon.com/)

fancomi (http://fancomi.com/)

Isoya Hirofumi (http://www.whoisisoya.com/)

Namiko Kitaura (http://namikokitaura.com/)

Naho Okamoto(SIRISIRI | http://sirisiri.jp/)

Toru Muto(Jens | http://j-e-n-s.jp/)

Yoh Komiyama (http://yohkomiyama.com/)
 
朗読 : Sachiko Tamazawa
 
写真 : 
Goto Yohey (http://yoheygoto.com/)
 
イラスト : 
Sakurako Oidaira (http://sakurakooidaira.tumblr.com)
 
展示プロトコルデザイン : 
Akihiro Kumagaya (http://alekole.jp)
 
販売物:
書籍、絵葉書(セット販売)、展示作品(購入後額装)